縁起
ENGI

いつからここに在るのか、誰も知らない。
インターネットの片隅に、ひとつの祠がある。検索の網にもかからず、地図にも載らない。眠れない夜、行き場のない恨みを抱えた者だけが、なぜか辿り着く。そういう場所である。
石畳は湿り、灯りは絶えず揺れている。管理人がいるという。だが、その顔を見た者はいない。名も、齢も、生きているのかどうかさえ知られていない。ただ、丑三つ時になると祠は静かに目を覚まし、その夜に預けられた言葉を、ひとつずつ執行していく。
ここへ運ばれてくるのは、声にできなかった言葉ばかりだ。殺したいほど憎いと、朝の光の下では誰にも言えない。その言葉を藁人形が引き受け、五寸釘に託して、闇へ沈める。だが、それで終わりではない。預けられた言葉は三十日のあいだ祠に留まり、やがて夜に還る。恨みは形を持ち、形を失い、供養されて消えていく。
心得ておくべきことがひとつある。この祠は、言葉の供養の場所である。ここで打たれた釘が、現実の誰かに刺さることはない。呪いは端末の外へ出ず、名も写真も夜の向こうへは渡らない。ここは娯楽の祠であり、恨みを現実に触れさせぬための、静かな逃げ場として置かれている。効き目を待つ者は、いつまでも待つことになる。
それでも人は、ここへ来る。誰にも言えなかった一行を書き置き、少しだけ軽くなって、朝へ帰っていく。それで足りる。祠が引き受けるのは、結果ではなく、夜そのものだからだ。
灯りは、今夜も揺れている。
顔はない。名もない。夜のあいだだけ、ここにいる。
書き置かれた一行を、確かに預かった。三十日、抱えておく。あとは、眠るといい。朝が来れば、何もなかった顔で構わない。
──管理人
この祠の禁忌
一、実名を書いてはならない。呪いは名を欲しがるが、渡してはならない。
一、写真は本人のものだけを。他人の顔を貼れば、呪いは迷う。
一、効き目を待ってはならない。ここは娯楽の祠。呪いは現実に触れない。
一、三十日を過ぎた呪いは引き留められない。夜に還るのが定め。
一、返金はない。納めた御布施は、焔の薪になる。